2015/12/22(火)松尾流「人生の歩き方」 #7
夜。
屋敷の中は締め切ると完全な闇と化す。
俺は実戦に向けての稽古を始めていた。
5対1まではこちらの方に分がある。
暗闇の中で、いかに相手の動きを把握し、対処していくか。
それがいま必要としていることなのだ。
今回の仕事は、『怪しい取引の阻止』。
清水組が主動で行おうとしているらしい。
今まで、清水組は地域のゴロツキどもの元締めとして存在しており、そのようなことをしたことはなかった。
内部混乱が起こっているのかもしれない。
今までいたカリスマ的な主導者が倒れると、一気に混乱が広がっていくのはいつの時代も同じである。
これもその結果のひとつの可能性がある。
俺はそう思うことにした。
辺りの空気の流れや音に集中し、ひとつも聞き逃さないようにする。
あと数日、俺は自らの力を最大限引き出すため、より一層稽古に励んでいた。
2015/12/17(木)松尾流「人生の歩き方」 #6
暦は6月になっていた。
雨の季節。
空をいくら睨んでも、灰色く分厚い雲が晴れるような様子はない。
「あぁ、今日も体育はバスケか……」
シゲがいい加減うんざりしたのか、意味のない文句を言っている。
雨が降るとグラウンドはもちろん使えないので体育館の中で授業が行われる。
必然的に、男子はバスケ、女子はバレーと決まっているもので、連日雨が続くと、バスケばかりになってしまうのだ。適当に慰めておく。
「まぁ、そう言うなって」
シゲは、飽きっぽいところがあるので、ひとつの部に入ろうとしない。
体育の時間。
体育館を半分に区切って分かれる。
それにしても、シゲはバスケにしろサッカーにしろ、うまい。
並の部員よりも強いぐらいである。
俺のパスを受けたシゲが、3ポイントを決める。
ふと、佳織と優花が気になったので、そちらの方を見てみる。
佳織は……。まぁ、普通と言うところだろう。飛んできたボールを受けるぐらいのことは出来ているようだ。
しかし、問題なのは優花の動きである。
あの小柄な体で、良くあそこまで動き回ることが出来るものだ。
背の高さが足りないのでスパイクをすることは出来ないが、それでも、皆を驚かせるほどの動きはしている。
優花の運動神経の良さを改めて感じた瞬間だった。
そろそろ、中間テストである。
俺と佳織は、試験範囲の復習を学校で居残ってしていた。
「あぁ、全く。面倒だな」
集中力がついにとぎれてしまった。一人で呟いていも空しいだけなので、佳織の方を見る。
こちらが見ていることに気がついていないようだ。たいした集中力である。
「そろそろ帰らないか?」
「あ、いいわよ」
今までの様子が嘘のように、さっさと机の上のものを片付け始める。
切り替えが早いのが佳織のいいところではある。
「今さっきは何をしてたんだ?」
二人分の足音しかしない廊下を歩くきながら言う。
「数学よ。今回の範囲、かなり難しくてきちんと分かってないところがあったから」
「確かに、最近、いきなり難しくなったよな」
うちのクラスの数学はもちろん『M.K』が受け持っている。
彼は通常時でも大声で授業するのだが、気持ちが入ったりするとさらに大声になる。
向かいの校舎であっても聞こえてくるほどである。
「ところで、おまえ傘ちゃんと持ってるのか?」
「それはもちろん持って……」
固まる。
「忘れたのか……」
「どうしよう……」
俯く佳織。
こういう時は置き傘を拝借するに限る。俺は下駄箱のすぐそばにある傘立てを指さして、
「傘立ての傘借りていけばいいじゃないか。どうせ、この時間だからここにあるのはあまりだろ?」
とたんに佳織は苦々しい顔をして、
「そんなこと出来るわけないじゃない。」
そう言われると、困ったことになる。
佳織はどこか芯の強いところがあるので、こういうモラルに関することには厳しいのだ。
「そうすると、俺の傘しかないけど、どうするんだ?」
悪戯をしている子供のような気持ちで、言う。
「俺の傘に入ってもいいんだぞ?」
俺の予想では、反論してくると思っていたのだが、その予想は裏切られた。
「……仕方ないわね」
聞こえてきたのは、やっとのことで出したような声だった。
とても恥ずかしそうにしている。
予想外のことに、面食らってしまった俺は、
「いいから、帰るぞ」
と、やや強引な感じになってしまった。
二人で一緒の傘を使って帰る。
お互いに妙に意識してしまって、沈黙が二人の間を流れていた。
ただ黙々と歩き続ける。
思うことは色々とあったが、一言でも喋ると、どうにかなってしまいそうな気がした。
そうこうしているうちに、いつもの交差点まで来てしまっていた。